4月14日、お二人の若者からお話を伺った。
あずささんは幼少時から母に当たられる立場だった。甘えさせてもらえなかった。
就職後、職場になじめず21歳でうつ病に。頭痛と不眠で苦しむあずささんに、母は向き合ってくれた。
添い寝して一晩中あずささんを抱きしめてくれたのだ。
『私はこんなに大切に母から愛されている。』どんな言葉よりも母のぬくもりは愛されていると分からせてくれた。
単身赴任の父は電話越しに、どんなあずささんの言葉もどっしりと受け止めてくれた。
『思い描いていたレールから外れてしまったダメな自分。』何度も死にたいと思った。けれど両親は不安のかけらも見せなった。
見守ってくれた。焦らさなかった。
30歳を前に『このままではいけない、動こう。』との思いが高まった時、いとこから就職先を紹介された。
『ひきこもりの8年間は自分にとって必要だった。それがあったから、親が愛してくれていると分かった。親に感謝ができた。』
ひきこもりから抜けてもしんどい思いが続いたあずささん。「HSP*」について知り、自分の個性を知った。対処法を学び楽になった。
『今の状態は続かない。必ず、変わっていく。』力強く語ってくれた。
たけやんは、過保護、過干渉の両親に幼少時から成績を期待された。たびたび母はヒステリックに怒鳴った。
苦しみ、悩み、23歳のころ統合失調症の病に。仕事は続かず、転職をくり返した5年間のひきこもり生活。しかし親は変わらなかった。
28歳で東京から縁もゆかりもない大阪へ、逃げるように転居した。一人で職を探し、安心、安全に話せる場を探せた。
ときおり怒鳴る母の声、姿がフラッシュバックで現れるが、『親の許可ではなく、自分の気持ちを聞いて行動する訓練をしている。』
当時、親にしてほしかったことを聞いた。
『親の想い、期待は分かるが、親と子は別々の人間。一人の人間として、子供の意見を聞いてほしかった。』
『子供を守るのではなく、先回りして失敗のチャンスを奪うのではなく。何をやってもダメだと思い込んでいる自分に対して、『いいんじゃない、やってみたら。合わなかったら次行ったら。』と、勇気づける言葉が欲しかった。』と話してくれた。
お二人から、今ひきこもっている人へメッセージを頂いた。
『頑張らない。休む。自分のことを考える時間はすごく大切。』
『逃げていい時には逃げていい。その場から離れていい。』
『生き方、働き方、学校選び、色々ある。人生の過ごし方も色々ある。選択肢が増えたら、どこかで感性に合う生き方がみつかる。ここ以外の場所をまず知ることから。』
最後に私事だが、青年期ひきこもりの親として。
いつ終わるとも分からない暗いトンネルの中にいると思っていたが。不安と嘆きで苦しかったが。実は今この時は、私が息子に愛を伝えられるかけがえのない蜜月期間なのだと気づかせてもらった。
息子を抱きしめるような気持ちであいさつを交わそう、料理を出そう、と思う。
辛かった当時を、時に涙しながら私たち親に伝えてくださったあずささん、たけやん。本当にありがとうございました。
*HSPとはハイリー・センシティブ・パーソンの略で、1996年にアメリカのエレイン・アーロン博士が提唱した概念。「高度に敏感性のある人」という意味。(『ハイリー・センシティブ・パーソンHSP強みdeワーキング 洞察系・共感系・感覚系』皆川公美子著より)
寄稿者は、ハタフルガールズ 本田えり子さんです。